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「農業に活路」を支援〔やさいバス〕(中)

 流通費圧縮で地産地消に貢献

2023年06月21日

地球環境

編集長
舟橋 良治

 お茶やミカンなどの産地として知られる静岡県は製紙会社や自動車メーカーなど多くの企業・工場が立地して地域経済を担ってきた。こうした企業を支えてきた部品メーカーの中には新規事業として農業に活路を求めたり、廃業して野菜生産を始めたりするケースも出てきた。「やさいバス」は、そんな開拓者に寄り添う形で生産した野菜を県内の食品スーパーなどに輸送。地産地消の拡大、普及にも一役買っている。

 農業に新規参入した地元企業、地産地消に取り組むスーパーに足を運び、新たな息吹の一端に触れた。

◇リーフレタス栽培<成神工業>

 八十八夜が近づく夏前。静岡県掛川市の里山で摘み取りを待つ茶畑の隣にあるビニールハウスに入ると、一面のリーフレタスが目に入ってきた。切れ目なく水が流れる音が聞こえてくる。水耕栽培の水音。リーフレタスはケースの中に整然と並んでいる。このリーフレタスを育てているのは、有限会社「成神工業」だ。

写真.jpg成神工業が栽培するリーフレタス【425日、静岡県掛川市】

やりがいが違う

 会社名が示すように、成神工業は農業生産者ではなく、自動車の窓枠ゴムを生産する下請け工場だったが、工場を閉めて2012年から農業生産を始めた。

 業態を転換した理由について山本貴宏代表取締役は「製造業に限界を感じた」と言うが、工場が経営的に行き詰まっていた訳ではない。一言で言えば、働く喜びを求めての決断だった。「金銭的には工場のほうがよかった。農業は気持ち的に楽で、全然、やりがいが違う」と語る。生き生きとした表情が印象的だ。

 リーフレタスを選んだ理由は難しくなかった。「私が(食材として)昔から好きで食べていたから」。また「静岡県は全国でトップ3のリーフレタス消費量がある」と言い、勝算はあると見込んでいた。

 検討段階ではネットで調べるなどして植物工場を考えたという。この時、やさいバスを始める以前の加藤百合子さんから「植物工場は必要ない。ハウスで十分」とアドバイスされ、「それならハウス栽培を始めよう」と決断した。

写真.jpg成神工業の山本代表取締役【425日、静岡県掛川市】

1年を通じて栽培

 参入を準備していた際、「初めてだったので多品種を育てるのは難しい」と感じていたが、露地栽培は同じ作物の連作を嫌う。総合的に考えて「1作物を1年通じて栽培できる水耕栽培」を選択した。「企業として取り組みたかった」といい、経営者としての判断だった。

 今では年15万3000株を出荷するまでになった。生産開始前の縁もあって、育てたリーフレタスの2割をやさいバスを通じて販売している。

叱咤だけでは...

 2割は自身でレストランや個人宅に届け、6割は地元スーパーなどで委託販売。市場を介した販売はしていない。市場価格にかかわりなく、生産に見合う価格を自社で決めている。品質に対する自信の表れとも言え、山本さんは「『おいしいよ。いつも食べているよ』という、(届け先の)一言が一番の励みになる」と話す。

 農業の良さについて山本さんは「常に緑の中でリラックス、リフレッシュしながら仕事ができる。お客さんと密に接しながら、叱咤(しった)激励してもらえる。製造業では叱咤しかなかった」と笑いながら、下請けだった時代を振り返った。

 山本さんは「リーフレタス栽培では(金銭的な)リスクを背負って始めた」と言い、今後は着実な拡大を目指す。

 地元スーパーが自社販売している大型ポテトチップス用として大型男爵イモの生産を求めており、露地栽培に取り組む予定という。この男爵イモの栽培を見据えて「やさいバスさんには、多くの納入先を開拓してほしい」と期待を寄せている。

◇まぼろしのキノコに活路<大井川電機製作所>

 掛川市の水耕栽培ハウスをあとにして、隣接する島田市の大井川電機製作所に足を伸ばした。こちらも美しい茶畑に囲まれている。大井川電機は将来を見据えた新規事業として「まぼろしのキノコ」と言われる「はなびらたけ」の栽培に乗り出し、「ホホホタケ」ブランドで販売して軌道に乗せている。

写真.jpg大井川電機製作所の工場【425日、静岡県島田市】

 本業とは畑違いの農業に活路を求めた大井川電機も、やさいバスに期待する事業者の一つだ。

チョウザメ養殖も候補

 島田市は「越すに越されぬ大井川」とうたわれた大井川の渡し場があった「島田宿」として栄えたが、現在は日本有数の茶畑が広がる牧之原台地が市の半分を占める。牧之原台地は明治初期に勝海舟の助言もあって、禄(ろく)を失った徳川幕臣が茶木栽培を目的に開拓した。大井川電機のキノコ栽培は、そんな農業と共に生きてきた風景、土地柄になじんでいるように見えるのは気のせいだろうか。

 大井川電機は、ヘッドライトを除く自動車用の各種ランプを生産しているが、ほとんどが白熱電球。将来的にLEDが主流になるとの危機感から新規事業の開拓チームを立ち上げて新たな道を模索。植物工場やワサビ生産、チョウザメ養殖などが候補に挙がったが、最終的に「はなびらたけ」を2014年に選択した。

高地に自生

 この経緯について、大井川電機きのこ部の森下一輝きのこ課長は「はなびらたけは生産が難しい。自動車電球の生産で培った品質管理(のノウハウ)を生かせる」と考えたという。

 はなびらたけは標高1000メートル以上の高地、静岡県では南アルプス山系の「井川」などに自生しているが、森下課長も「自然界で自生している姿を見たことがない」という。カビなどの菌を嫌うため低地には向かず、栽培には温度や湿度、二酸化炭素濃度を一定に保つ必要がある。

 こうした性質を考えて大井川電機は2015年に少量生産を始め18年に生産方法を確立。カビ菌などが入らないよう厳格に管理された専用の屋内培養施設を20年に稼働させ、本格的に栽培を開始した。おが粉、フスマ、ビール酵母などを混ぜた培養土が入ったプラスチック製の袋の中で気温20度、湿度60~80%で1株1株を約45日間育てる。その後30日程度は湿度を99%に上げて管理する。当然、光量の管理も欠かせない。

写真.jpg湿度99%で育つはなびらたけ【425日、静岡県島田市】

 この栽培方法は電球生産で培ったきめ細かな技術によって実現した。森下課長は「他社にはまねができない」と自負する。

2~3割は多い

 栽培開始から3年で東京、大阪、名古屋のほか福岡、札幌などの市場にも出荷しており、売り上げは年5000万円(目標6000万円)になった。森下課長は「はなびらたけ栽培を大規模に手掛ける農家は全国でも5、6だろう。まだまだあまり知られていないが、需要はあり、売り上げは伸びている」と将来性に自信を持つ。

 価格は通常のキノコの2~3倍。森下課長は「浅草・今半、椿山荘など高級店やレストラン、百貨店でも扱われている」というが、スーパーでも販売され始めている。この流通を担うのがやさいバス。また、やさいバスが自身で運営している百貨店の売り場でも販売している。

 やさいバスを介した出荷は輸送費が抑えられるため、森下課長は「自社の手元に入る収益が市場に出す場合よりも2~3割は多い」と話し、扱い量の拡大に期待している。

写真.jpg育てたはなびらたけを手に取る森下さん【425日、静岡県島田市】

◇販売戦略の柱<食品スーパー>

 やさいバスは、コロナ禍でレストランとの取引が壊滅状態になった事態を受けて、スーパーへの販路拡大に力を入れてきた。その一つ、食品スーパー「マックスバリュ東海」の静岡市内の店舗には「やさいバス」の専用コーナーが設けられている。

 このコーナーを担当している地産地消バイヤーの浅場貞文さんは「地元ファースト。販売戦略の柱が地物です」と言い、地元野菜の拡充に力を入れてきた。

地物をまずチェック

 この店舗には静岡市内の農家から直接仕入れた野菜の専用コーナーがあるが、県内各地の農家と自社で取引するには限界がある。このため、市内野菜の隣にやさいバスが運ぶ県内野菜コーナーを設けた。

 「お客さんは地元の商品に魅力を感じている。(市内、県内の)野菜をまず見てから、その他を見る。今は売り場の一丁目一番地が地物」と浅場さんは自信たっぷりに話す。

 浅場さんは静岡県内の農協(JA)元職員で、JA直売所を5カ所に立ち上げた経験を持つ。地元の野菜を地元で販売する業務のプロとして働いてきた経験は、現在の職場でも生きている。

写真.jpg野菜売り場をチェックする浅場さん【425日、静岡市】

 「これからは地産地消の時代。地元との共生が必要で、お客さんにもそういう意識がある」―。浅場さんは、経験と実績に裏打ちされた地産地消の将来を見据えている。

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【編集部から】リコーグループは2023年6月を「リコーグローバルSDGsアクション月間」と定めました。
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舟橋 良治

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この記事は、2023年6月27日発行のHeadLineに掲載予定です。

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